ある日突然ウツになりました

社会人11年目で突然うつ病になったOLの闘病記

ウツ病になって変わった価値観


ウツ病になる前の私は「一人が好き」でした。
例えば休みの日、好きな時間に起きて・好きな恰好で・好きなテレビ見ながら・好きな物を・好きな体勢で・好きなだけ食べる。自由of自由。そう。独身彼氏なし一人暮らしのアラサー会社員なんて自由の塊。自分で稼いだお金は自分の好きなように使っていい。最高。最&高!!!!!


少なからずいた友人に気に入らない所があると「面倒くさ…」と思って切っちゃうタイプの人間でした。LINEで誘われても適当な理由をつけて断ったり。



会社の同僚や上司とはうまくやっていたと思います。ランチに誘われたり終業後飲みに誘っていただくこともありましたし、「U2さん本当に〇〇さんとよく付き合えるよね~」的な感じで、面倒だと思われている人とも適当にうまくやれる人間だと自負していました。


新卒で入った会社では、自分より10年も20年も上の人と組まされる事が多く、それが揃いも揃って「あの人ヤバいよ」「イジメの常習だよ」と悪評ばかり。でもどの人にも可愛がってもらう事ができて「よくあんなに仲良く穏やかに仕事できてるよね。U2さん以外無理だよ」と言ってもらっていました。そこで「私は誰とでもうまくやれる」「仕事もできる」と、自信過剰気味だったと思います。だからと言って同期や先輩・上司に対して何か意見を言ったりすることはなく、とりにかく「平和主義」「現状維持」が自分のテーマなので、いかに平和に毎日定時であがるか。しか考えてなかったです。


そんなこんなで毎日定時にあがってましたし、それは転職をしても同じ。やることやって定時に帰る。面倒な人間と組んでも平和にやる。会社にとってなんていい人材なんだろう・・と思いあがっていた所にコレ(ウツ)です。



「自分は必要ない人間だ」「誰の役にも立っていない」「迷惑しかかけていない」
あんなに自信満々に毎日仕事をしていたのに、もうそんな気持ちがどこにもなくなっていました。
社長との面談で必要としてくれている事を実感できた今は、少なからず自信も戻ってきています。休職中に先輩数人がランチに誘ってくれたのですが、「U2さんはなくてはならない存在だよ。替えはきかないんだなぁって感じてる」と言ってもらえた事もすごく嬉しかったです。



昔の私なら、そういう言葉は全部「どーせ社交辞令だろ。適当に流しとこ~」ってなっていたはずなんです。でも、プラスの言葉は全て正面からありがたく受け取ろうという気持ちに変化しました。その言葉1つ1つが私を支えて、立ち上がらせてくれる。相手を評価しているのに「またまた~」って謙遜(?)するより「ありがとうございます」と受け止められる方が人間として素敵ですよね。社交辞令でもなんでもいいじゃん!褒められてるんだから感謝しとけばいいじゃん!って感じですね☆




あともう一つガラっと変わった価値観は「結婚」についてです。
結婚願望なんて全く無かった。一人が最高。一人で好きなように生きていくって決めてた。でも、病気になって本当に家族に支えてもらった。父、母、姉、姉の旦那さん、祖父、祖母、叔母、叔母の子供たち・・・。
『あぁ、私も誰かの支えになりたい。そして支えてもらいたい。支え合える関係って素敵だな。自分の家庭を持つってすごく幸せな事なんだろうな』と思うようになりました。


一人暮らし歴が長く、「もう両親でさえも一緒に住む事は考えられない‼」と言って父が転勤になった際に一緒に住む事を提案されても断固拒否していた私ですが、病気が少し落ち着いた今は両親と3人で暮らしています。父が定年退職をしたら地元に戻ってしまうので、その時はまた一人になってしまうと思うんですけどね。




自分で稼いだお金は自分の好きなように使いたい。その気持ちは全然理解できるし、まだそういう気持ちはあります。ただ、「誰かの一番になってみたい」「誰かの心の支えでありたい」という気持ちがムクムクと芽生えてきたんですよね~。この気持ち、大切にしたいと思っています。


とはいえ、縁ですからね。そう思える誰かに出会えたら最高ですけど、こればっかりはね。ただ、今までと同じような生活をするんじゃなくて、少し外に目を向けてみたいと思います。



病気をすると人生観変わるって色んな人から聞いた事ありましたけど、まさか自分に結婚願望が芽生えるなんてなぁ・・・


すげぇや・・・こればっかりは「病気ありがとう」って感じ。色んな気づきをくれた。
ウツ病になることは自分にとって必要な事だったんだって思ってます。
そしてこれからもウツと上手に付き合っていきたいです。落ち込む日もあるでしょう。でも、「あぁ逆戻りだ、どうしよう、最悪だ」じゃなくて、「そうそうコレコレ。大丈夫明日はきっといい日になる」で行こう。

私は楽な道を選びました

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私のウツ症状は3か月程度落ち込みが激しく、そこから社長面談を境に良くなっていました。しかし、気分の落ち込み・・・というか「なんだか今日は誰とも話したくないな」「口を開きたくない」「一人になりたい」という日があったりもします。


どんな時によくそうなる?と考えてみると「雨の日」が多いように思います。
雨の日の前日から少し予兆も出ているかなぁ。困ったもんです。


うちの両親はTVを観ながら「あーでもない」「こーでもない」と話をするタイプなので、その会話に加わるのが苦痛で自室に引きこもったりします。
話しかけられて「うん」と出れば上出来。声を発したくないので首振りだけで返事をすることもありますが、母は分かってくれているので『あ、話をしたくないのね』となりその日は話かけてきません。


ベラベラと喋る日もあれば全く喋らない日もある。自室に引きこもっているのが意思表示になっているとは思いますが、部屋で何してるんだろう。大丈夫かなって気になっちゃいますよね。昨日は絶好調だったのに今日は一切口きいてくれないとか面倒くさいなぁって思っちゃいそうです。理解のある両親に本当に感謝してます。


台風がきた時なんか本当に地獄ですね。ずっと調子が悪い。涙も出てくる。でもその涙に理由がない。今までのような「自己嫌悪」「自己否定」「消えたい」というマイナスの感情は自分の中に一切ないのに、ただただ涙がポロポロと出てくるのです。
仕事復帰して会社でそうなったらどうしよー・・・と今不安にかられていますが、事前に「訳もなく泣き出します」と言っておこうと思います。


そういう所が『復職』の楽が所かなーと思っています。私は退職すると決めてメールを送信した際、退職後の手続きについて調べまくりました。重要なのは退職後に会社から離職票等必要な書類をきちんと受領し、「保険の切り替え」「年金の切り替え」あとはすぐに働けないならハロワに行って失業保険の延長を申請して毎月傷病手当を申請する。期限が切れたら失業保険をもらって・・・転職活動しなきゃいけいないけど病気の事を話さないとすると、周りの理解やサポートは無いから多少無理しなきゃいけない・・・等々。


楽な道が「復職」だったんですよね。全員が私が「ウツ」であることを知っているので、症状を話しておけばサポートしてくれる。無理をさせる事はきっとない。無理な時は無理とハッキリ伝える事ができる。保険や年金、ハロワの手続きも私の中では負担の1つで、それを考えなくてよくなった事も心を軽くさせたと思います。


結局、一番楽な道を選びました。戻ってしまうのが一番楽。何の手続きも必要ない。
ただ、職場の人間関係、仕事内容で病気になってしまった人には難しい道ですよね。
私自身、今現在も休んでいる身です。まだ戻っていないので、戻る事が正解だったかどうか分かりません。いつ分かるのかも分かりません。再発の非常に多い病気ですから。


でも、この道を選んだからどうということはなく、ダメならダメで辞める。それだけだなと思っています。
 


とりあえず明日24日、主治医が判断をくだす日です。前々から復職したい旨は伝えてあって、そのために減薬等してきたのでGOサインを出してくれる事は間違いないと思います。そうすると、復職は来週から。気力がある限りこのブログに思いを綴っていこうと思います。



ちゃんと働いて、ちゃんとそれなりのお給料をもらって、ちゃんとそれなりに遊んで。
それなりの生活ができればそれで良かったはずなのに、人生を1回休んでしまったな。
でも、それがあるから今があって、ウツがあったから人生観が変わった事もある。
決してマイナスだらけの休養生活ではなかった。
もし復職に失敗しても、またここまで戻ってこられる。
私はきっと大丈夫。



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ウツ病患者にとって必要な事

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「退職させてください」



その一文とともに、メールで伝える事になってしまった謝罪と、私物返却および会社の備品返却のため社外で上司に会いたい旨を添えました。



返信きたのは翌日。
普通こういうメール受信したらすぐ返信しないかなぁ!?つくづくおかしな会社だな!とイライラしたのを覚えています。



社外で会う際は母に付き添ってもらうことにしました。自分一人では泣き出して会話にならない可能性もあるので。



当日、返却するものを袋にまとめ、「こんな形で退職することになり申し訳ありません。大変お世話になりました・・」と心の中で何度も複唱しながら現場の喫茶店に向かいました。少し早く到着し、母と二人でコーヒーを注文し上司の到着を待ちます。


時間通り到着したのは上司と社長。本当にお世話になった二人です。そんな二人を目の前をすると挨拶をした瞬間に涙がこぼれてきます。二人は席に着き、社長が穏やかに話を始めます。










ん???
え・・・??
なんか・・・、え?これはもしかして。












ものすごく引き留めていただいている。




「U2さんはとても仕事ができる、また一緒に仕事がしたいと社内全員思っている」
「規定上、休職期間が短いのはどうにもできない。でも10月末まで社長権限で待つので結論を急がないで欲しい。あと3か月待っているのでゆっくり休んで戻ってきて欲しい」
「仮に体調が芳しくなく10月末までにも戻ってこれないということで一度退職になったとしても、体調が良くなった頃に必ず連絡をして欲しい。そこで再度採用したい」
「フルで勤務できないということであれば雇用形態を変更する形を取るのでもう一度一緒に働こう」等々・・・社長直々にとても引き留めていただきました。



【転職組】と前回の記事で書きましたが、新卒で入った会社を7年弱で退職し同じ業界ですが今の会社に転職してきました。前の会社では転職先も決めずにとりあえず辞める事だけ決めて前の会社の上司にその旨伝えたのですが、その時は「そうですか。残念ですが仕方ないですね。あ、次の職場決まってない?希望地は〇〇ということであれば△△なんてどうですか。話を通しておきましょう」と転職先まで斡旋してもらい今があります。今まで生きてきて「部活を辞める」「習い事を辞める」「会社を辞める」を色々辞めてきましたが、引き留められた経験なんて一度もありませんでした。


今回社長に引き留めていただき、私は生まれて初めて「私を必要としてくれている人がいるんだ」と強く強く!本当に強く感じました。そしてこの感覚が私のウツ症状を途端に良くします。


とりあえず退職するという話は無しになり、復職に向けてギリギリまで療養することになりました。


同時期に薬が変更になったので、それが合っていたという事もあるかと思いますが、気分落ち込む日が少なくなり、毎回泣いていた診察でも泣かなくなり、家でも泣かなくなり、友人と会えるようになったり、色んな物事を前向きに考えられるようになりました。



ウツ病になって家族は献身的にサポートしてくれました。「何があっても味方よ」「お金の心配はしなくていいよ」「どんな事をしてでも守るよ」と何度も優しく力強い言葉をかけてくれました。それでも、自分の中では他人(社長)に言われた言葉が一番効果があったように思います。他人から必要とされているという事実がこんなにも心を前向きにするのか…と自分でも本当に驚きました。


家族の言葉に意味がないとは全く思いません。それがなければ自分がどうなっていたか、考えるだけで恐ろしいです。それに加えて、他人から必要とされること。社会的に必要とされることがウツ病患者にとっては……うーん、私にとっては!とても大きな事だったなぁ思います。



ウツ病患者によくある症状は自己否定・自己嫌悪です。
「自分は必要のない人間だ」「迷惑をかけるだけの存在だ」「生きている価値がない」と本当に本気で思っています。だから死にたい、消えたいと思う。思うというより、願う。「自分が死んだら家族は悲しむだろうなぁ」とは想像できる。それでも願いは消えてくれない。でも、思わぬ所に自分を必要としてくれている人がいる。しかも社会的に必要とされている。これはとても大きな事だと思います。


勤務先から引き留められても「思ってもないくせに・・・」と感じる人もたくさんいるのは分かっています。「人手不足なんだから困る」など会社都合で引き留めているだけの場合もありますからね。私の場合は、社長の言葉を素直に受け止める事にしたんです。真っすぐに目を見て言ってくれた。あの面談後も何度も言ってくれた。私のために社内体制を変えてくれている。社長を信じて、社長が社長でいるうちは頑張りたいという気持ちが芽生えたんです。



だから私は、最終判断は主治医にゆだねる事になりますが復職する道を選ぶ事にしました。




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