ある日突然ウツになりました

社会人11年目で突然うつ病になったOLの闘病記

私的ウツの症状

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さて。そんなこんなで主治医から「2か月の加療が必要」と診断書をいただき、私の闘病生活がスタートしました。


1Kのマンションで一人暮らしをしていましたが、その日から母がずっと泊まってくれることになります。


 


ウツ病の症状としてよくあるのが「不眠」「食欲低下」「意欲喪失」「自己嫌悪」「希死念慮」でしょうか。もれなく全て経験しました。


眠れない毎日はとてもツラく、2時や3時に何度も目を覚ましては絶望していました。食欲もなく、母が作ってくれた料理を食べる事ができずゼリーやドリンク、果物を食べて薬を飲んでいましたね。そして全てのものへの興味が失われる。一生観ていられるわってくらいテレビっ子だった私が、テレビつけない電気もつけない、生活音が不快で耳栓をして、日光がイヤでアイマスクをする。そんな状態で一日中泣きながらベッドに横になっている。思うのは「消えたい」「30過ぎて働いてない自分に生きてる価値はない」そんなことばかり。小さな事でイライラして母に強く当たり、その後すぐに「母に嫌われたら自分はおしまいだ…」と思い泣きながら謝る。地獄でした。



自分の中で一番つらかったのは自己嫌悪。一日中自己嫌悪に陥る日もありましたが、さっきまで調子良かったのに急に自己嫌悪…という時もありました。
「働いていない」という現実が自分を相当追い込み、「ダメ人間だ」「価値がない」「消えた方が皆のためになる」「誰からも必要とされていない」とドンドン深みにハマっていきます。母がいくらそれを否定してくれても意味はありませんでした。どこかで「母の一番は父で、その逆もしかり。私を一番に考えてくれている人はこの世に存在していない。つまり私には価値がない」と、本気でそう思っていました。


そうなると次に来るのが希死念慮ですが、私はここに関しては非常に軽いタイプだったと思います。発症時に「飛び降りるしかない」と思ったものの、ベランダに出ることもしませんでしたし、頭に浮かぶのは「消えたい」という思いだけ。死にたいんじゃなくて、消えたかったんです。死にたいとは違うと私は思います。死ぬのはイヤだ。少なからず悲しむ人がいるから。だから、消えたい。サー―――っと光の粒のように消えたい。そんな感じでしょうか。みんなの記憶から消えてしまいたいって感じですね。


「いま飛び降りたら・・・」って考える事は何度もありましたが、それは死にたい消えたいからではなくて『働かなくてもいい正当な理由が欲しいから』です。飛び降りれば怪我をする(住んでたの2階なんで、死にはしないでしょう)、そうすると多分入院できる。入院しているんだから仕事にいけないのは当然。そう!私は許される!というような思考回路ですね。とにもかくにも「働いていないという事実」が私を苦しめる毎日でした。




《日記を書くと良い》
どこかでそんな話を聞きまして、6月からタイムスジュールのように何時に何をした、どう思った等を書き綴っています。その日その日よって本当に感情が違います。ベースに「自己嫌悪」がありますが、「こんなんじゃダメだ!あれにチャレンジしてみよう」という意欲的な日もあったり、そのまま落ちるとこまで落ちている日もあります。ブログを書くにあたって読み返していますが、当時の辛い気持ちが蘇ってきて涙が出てきてしまいます。まだまだ回復途中の段階ですからね。仕方ない。




私的ウツの症状は上記のようなものでしたが、症状は本当に人それぞれ。頭痛や胃痛、肩こりがある方もいますし、自傷行為をする方も少なくありませんね。こういうのは比べるものではないと思いますが、私は「特に何の前触れもなく突然こうなった」ので、無理をしている期間が少なかったために比較的症状も軽いものだったんじゃないか…と思います。あの時なんとか我慢し、翌日普通に仕事に行っていたら今頃どうなっていたのか。考えたくもありませんね。我慢して我慢して我慢して、その先に何があるというのか。




ウツに必要なのはしっかりとした休養です。ただ仕事を休むだけではなく、本当に心を休める事です。なので「2か月休んだんだから相当でしょ」と思うかもしれませんが、実際2か月で心が休まっていた日は一日もありません。毎日自己嫌悪に襲われ消えたがっていました。



ですので、再度診断書が出るわけです。「あと3か月は加療が必要です」と。





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