ある日突然ウツになりました

社会人11年目で突然うつ病になったOLの闘病記

それは突然やってきました。


始めまして。U2(ユーツー)と申します。
四国在住、会社員(女)です。


「うつ病」と診断されて丸5か月が経とうとしています。
薬のおかげで体調もだいぶ落ち着き、今までを振り返りたいなぁと思いブログを書くことにしました。



最近、「本を読む」という行為ができるようになり、うつ病に関する本や漫画を読んでみると大体が「こういう前兆があり・・・」というようなものでした。
でも、私は本当に突然だったんです。あの時、その瞬間まで何の前兆もありませんでした。



2018年の5月。日曜日の夜。一人暮らしのマンションでいつものように夕食を食べようとしていました。その日は日中、大好きな友人と屋外イベントで屋台を巡ったりして楽しく過ごしていました。「今日は楽しかったなぁ~」なんて思いながら一口食べた瞬間です。


『・・・気持ち悪い・・え?違う。怖い。・・・怖い怖い怖い!!!!!!!』


突然、漠然とした不安感がすごい勢いできたんです。食べるのはもうやめてベッドに潜りこみ、気を紛らわそうと楽し気な動画を観ようとYoutubeを起動させますが不安感は大きくなるばかり。


『ダメだ・・・・。飛び降りるしかない
(住んでいたのは2階ですけど)





そう思っては「は!?今私飛び降り考えた!?は!?」と正気(?)に戻り、また襲ってくる不安感に「これから逃れるには飛び降りるしかない」を繰り返す事2時間。
もはや飛び降りる事が大部分を占めてきた状態でしたが、これでダメなら飛び降りる…と最後の手段的に母にLINEをしました。



「なんか変なの。すごい不安でおかしいの。飛び降りちゃうかもしれない」



すぐに母から電話がかかってきましたが、泣きながら「おかしいの。なんか変なの。変な事考えちゃう」としか言えない私。


「すぐに行くからね。大丈夫よ。」と母の優しい声で励ましてくれ、実家から2時間かけて来てくれました。母が運転中は父から電話がありました。「大丈夫か?寂しくなっちゃったか?すぐにお母さんが行くからな。心配しなくていい。大丈夫だから」と、もう本当にこれが命綱のようで。母や父の声を頭で再生しながら大丈夫大丈夫・・・と自分に言い聞かせて母の到着を待ちました。



2時間後、「ほら、大丈夫だったでしょ?」と笑顔で到着した母。
泣き続けている私をベッドに寝かし、「明日病院に行くからね。大丈夫よ」と。



この時には「母がいるから飛び降りない。大丈夫」「あぁ明日の朝会社に休むって連絡しなきゃな」「漠然とした不安感だったな。不安障害かな」と少し冷静に考える事も出来つつ、それでも朝までシクシクと泣き続けていました。






翌朝、実家にいる父が知り合いの病院関係者に評判のいい精神科をいくつか教えてもらい、それを母に連絡してくれました。かたっぱしから母が電話を掛けてみるも「最短ですと2か月後で・・」「紹介状がない方ですと・・」とすぐ診てくれる病院はなかなかありませんでした。そんな中で1つ、大きな病院の受付の方が「当日診てくれる心療内科が〇〇にあります。電話してみください」と情報を提供していただき、早速連絡すぐ出発。


私は私で会社に電話をするのですが、「体調が悪いのでお休みさせてください」と、冷静に電話をすることができました。風邪をひいてしまった時と同じような感覚で、同じよう声のトーンで。電話することへの恐怖心や不安感などもありませんでした。



母の運転する車に乗り込み、いざ出発!となると涙がポロポロと溢れてきます。「大丈夫よ。大丈夫だから」と母はずっと声をかけてくれます。病院に到着しても涙は止まらず、泣きながら受付を済ませ泣きながら問診票を書き泣きながら診察室へ入りました。


担当はおばあちゃん先生。70歳くらい・・・・?な印象。
泣きながら状況を説明。「昨日ご飯を食べていたら急に」「昼間は普通に友達と遊んでいた」「昨日は母と楽しくランチをした」「仕事で悩んでいる事は無い」などなど。
先生が色々お話してくれたと思いますが、ちょっと全然覚えてないです。
大した説明もなく「不安を取るお薬よ~」的な感じて薬が処方され、終了。
あれ?こんなものなの?なんか世間話感覚?ちょっと思ってた感じじゃない。求めてた感じじゃない。私、救われてない!


薬をもらって家に帰り、すぐ母に言いました「別の病院に行きたい」と。
母も了承し、かたっぱしから掛けまくっていた病院の1つに再度アタック。翌日夕方に診ていただけることになりました。


さて、そうなると明日も休みますという電話をかけないといけません。
この時初めて「私・・・しばらく休む事になるのかも・・・」という現実が出てきて、会社に電話する際にとても緊張して手が震えていました。


直属の上司が電話口に出て「あの・・明日も別の病院に行きたくて‥その、精神的なものみたいで…」と言った所で泣き始めてしまい、後の言葉が出て来ません。もうほぼ嗚咽。そうすると上司が「大丈夫。気づいてあげられなくてごめんなさい。仕事の事は気にしなくていいから。」と、泣きながら返してくれました。
嗚咽混じりに「本当にすみません。原因も分からなくて・・すみません・・また連絡します・・」と電話を切り、ひと仕切り泣き、ベッドに横たわる。



翌日行った診療所は一人一人にすごく時間をかけて話を聞いてくれる先生で、薬についても丁寧に分かりやすく説明してくれます。ここがかかりつけ医となる訳ですが、ここで「不安抑うつ混合型」と診断され、休職するよう指示をされます。




こうして私の闘病生活はスタートしました。